チャリヤダンスの歴史
ネパールのカトマンドゥ盆地には、かつてインドの地で栄えたタントラ仏教(インド後期密教)が今もなおその原形をとどめて生き続けています。現在ネパール国民の大半はヒンドゥー教を信仰しています。しかしカトマンドゥ盆地にはヒンドゥー教寺院とともに仏教寺院や仏塔なども多数建立されており、もはやインドでは見ることの出来なくなった仏像や仏画(曼陀羅)なども数多く残されています。
カトマンドゥ盆地の中には古くから多種の民族や職業カーストが共存しています。その中に今でも仏教の伝統を守り続けているカーストの人たちがいるのです。彼らは自分たちの信仰をバジュラヤーナ(金剛乗仏教)と呼んでいます。そしてバジュラヤーナの祭祀や儀礼をおこなう者たちなので、その一族の名をバジュラチャリヤ(金剛阿闍梨)と名乗っています。阿闍梨たちは儀式の場を設け、そこで仏や菩薩の舞いを実演していました。
この舞踊が7世紀頃には存在していたことは、ネパールに現存するサンスクリット語の経典写本などにより明らかになっています。これは古代の聖人が神々について記したもので、タントラ仏教の教義と実践を述べるものとして後に経典としてまとめられたのだろうと言われています。神々についての記述は他の文献にも編纂されており、曼陀羅や仏像の制作、そして阿闍梨が儀式の際に神々を舞うための手本としても使用されています。
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